CRAFTSMAN:
Hitoshi Taniguchi
Yuka Taniguchi
CATEGORY:
Ecchusansuke Yaki
POTTERY:
Ecchusansukeyakikamamoto
LOCATION:
Toyama, Tonami City
CRAFTSMAN:
Hitoshi Taniguchi
Yuka Taniguchi
CATEGORY:
Ecchusansuke Yaki
POTTERY:
Ecchusansukeyakikamamoto
LOCATION:
Toyama, Tonami City
砺波市の南には南砺市があります。こちらは、民藝の創始者である柳宗悦が城端の善徳寺に逗留し、『美の法門』を書き上げたほか、板画家の棟方志功が福光の光徳寺に疎開するなど、民藝とゆかりの深い土地として知られています。
3代目の時代には、棟方や柳、濱田庄司、バーナード・リーチらが越中三助焼を訪れるなど、交流があったそうです。この頃から、窯元は焼きものの製造に専念するようになりました。
「棟方さんから板画をたくさんいただいたみたいだけど、気前よく人にあげてしまったようで。数枚は残っているかな」と、均さんと由佳さんは笑いながら教えてくれました。
現在は4代目・5代目・6代目の三世代で、日々、焼きものづくりに励んでいます。分業制ではなく、それぞれがつくりたいものを手がけているのだとか。越中三助焼の伝統に根差しながらも、作り手ごとに異なる個性が感じられます。
5代目の均さんが窯に入ったのは、23歳のとき。先代の作陶を間近で見て、学び、数をこなすことで技術を身につけていきました。40年以上にわたり焼きものに携わるなかで、湯呑みや酒器、茶道具、さらに花器といった装飾品から、近年では、湯呑みではなくコーヒーカップ、徳利ではなく焼酎やビール用のマグなど、つくるものにも変化が生まれています。
長女の由佳さんは、歯科衛生士の専門学校を卒業後、3年ほど勤め、24歳のときに6代目として窯を継ぐことを決意しました。
「継ぐ人がいなかったから」と、由佳さんはさらりと語りますが、その言葉の裏で、均さんの胸中は決して穏やかなものではなかったといいます。
「私が始めた頃と、今とでは時代がまったく違います。あの頃はほんとうに恵まれた時代でしたから。継ぐと聞いたときは、正直、大変だなあと思いました」(均さん)
近年は若い世代の客が増えたこともあり、食器類を中心に、やわらかな印象のフォルムや、日々の食卓に取り入れやすいうつわの開発にも取り組んでいます。手にしたときの感触や、盛りつけたときの見え方など、女性ならではの感覚が随所に生かされているのだそうです。
主婦として、また子育てを経験するなかで培われた実感は、机上のデザインではなく、暮らしの目線から生まれるもの。そうした感覚がうつわづくりに反映されることで、越中三助焼の伝統は守られるだけでなく、今の生活へと静かに開かれていきます。
越中三助焼は、今も昔も変わることなく、民藝の精神を大切にしています。土や釉薬の原料には地元のものを用い、土づくりから釉薬づくり、焼成に至るまで、すべての工程を自分たちの手で行ってきました。
土については、かつて粘土層の近くで工事が行われた際に確保しておいた原土があり、必要に応じて、自分たちで水簸を行い、不純物を取り除き、保管、乾燥の工程を経て、陶土に仕上げます。
釉薬についても同様で、近隣の農家の協力を得ながら、木灰や藁灰などを自前で用意しています。自然の恵みを分け合いながらつくられる釉調は、風土そのものを映し出しているかのようです。
焼成にはガス窯を使用していますが、近頃の悩みといえば、煙が上がると、通りがかった人から苦情が寄せられることだそうです。かつては一日中、焼成を行っていましたが、現在は30分から1時間で終えられるよう、工夫を重ねています。
明治の頃からこの土地で作陶を続け、「となみブランド」にも選定されている越中三助焼。その歩みやものづくりへの姿勢に対する理解が、これからさらに深まっていくことを願わずにはいられません。
「三助」の名前は継承していかないのか——そう尋ねると、均さんは笑いながら、こう答えてくれました。
「そんなことはしませんよ。たいそうな窯じゃありませんから。ただ、時代に応じて形状が変わることはあっても、つくり方や色、特に緑釉だけは変えられませんね」
Wired Beansからマグカップの製作の依頼を受けた際の心境について、話を聞いてみました。
「うちは、あまり断ることはしませんから。やってみないとわからない、というのが正直なところでしたね」(均さん)
一方で、由佳さんは少し違った視点をもっていたようです。
「取っ手が大変そうだなあ、と思いました」(由佳さん)
今回、製作をお願いしているのは2種類。越中三助焼の伝統を受け継ぐグリーン1色のタイプと、グリーンとホワイトの2色のかけ分けのタイプです。
自然の原料からつくった釉薬と焼成によって生まれる、緑釉のムラやゆらぎ。その表情を楽しめるマグカップの完成が、今から待ち遠しく感じられます。
〒939-1436
富山県砺波市福山326
0763-37-0126

富山県砺波市の伝統、越中三助焼。
越中三助焼窯元・谷口均氏と由佳氏が手がけるマグは、明治期から代名詞とされる淡く深い「緑釉」を用い、一色使いのタイプと白地との対比が美しい「緑釉流し」の2種で製作。
豊かな風土と職人の誠実な手仕事が宿る、日々の暮らしに寄り添う一生もののマグです。
飾らず、驕らず、誠実な姿勢で作陶に向き合うお二人。そのうつわは、知らず知らずのうちに、多くの人々の心を惹きつけていたようです。
「2000年とやま国体」の際には、雅子さまが皇太子さまとともに富山県を訪問し、越中三助焼の急須と湯呑みのセットを求められました。
また、2024年に放送されたテレビ朝日系列のドラマ「アイのない恋人たち」では、作中で越中三助焼のうつわが使用されました。
特別なことを狙わず、日々の暮らしのためのうつわを、ただ真摯につくり続けてきた結果が、思いがけないかたちで人々の目に触れてきたのでしょう。
時代の変化に、そして使い手の暮らしにそっと寄り添いながら——
父と娘のものづくりは、これからも静かに、この砺波の地で続いていきます。