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生涯を添い遂げるマグ 生涯を添い遂げるマグ

MUG. hand made by pottery craftsman

Craftsman #12
越前焼
岩間竜仁
竜仙窯
福井県丹生郡越前町

CRAFTSMAN:
Ryuji Iwama

CATEGORY:
Echizen Yaki

POTTERY:
Ryusengama

LOCATION:
Fukui, Nyu County, Echizen Town

photo photo

中学の陶芸クラブから
のめり込んだ陶芸の道
越前焼で唯一無二の
薄づくりを追い求めていく

北前船で運ばれ、
北陸で最大の窯業地に

越前焼は、福井県丹生郡越前町を中心に生産される日本六古窯の一つとして知られます。その歴史は古く、約850年前の平安時代末期にまでさかのぼります。

越前焼の起源は、越前町に粘りのある鉄分の多い陶土があったことによって生まれました。良質な土を求めて窯元が集まり、山の斜面を利用して登り窯を築きました。
窯では主として、米や水、味噌、酒を保存するための道具として、壺や甕が焼かれました。当時は釉薬を使わず、高温で焼き締める「無釉焼締」の技法が特徴で、焼成の際に薪の灰が自然にうつわに降りかかってガラス状の膜となる「灰かぶり」が美しい景観を生み出しました。この自然釉による深みのある色合いや質感が、越前焼の大きな魅力となっています。
越前焼は、北前船によって北は北海道から南は島根県まで運ばれ、北陸で最大の窯業地として知られるようになりました。

室町時代には、京都の茶の湯文化の影響を受け、茶器や花入れなどの作品もつくられるようになりました。江戸時代に入ると日常のうつわとして庶民の生活に広く普及し、明治時代には陶業としての発展を遂げます。
近代化の波のなかで衰退する時期もありましたが、戦後には伝統工芸としての価値が見直され、窯元や地元住民の努力によって再興されました。

土の質感を活かした素朴な生活のうつわ

現在の越前焼は、伝統を守りながらも現代のライフスタイルに合ったデザインや技法を取り入れ、幅広い作品が生み出されています。越前焼の特徴は、自然の土の質感を活かした素朴であたたかみのある風合いにあります。また、丈夫で実用的な点も評価され、食器や花器、インテリアとしても人気を集めています。1986年には、国の伝統的工芸品に指定されました。

生産体制としては、越前焼工業協同組合などの組織が中心的な役割を担っています。また、「越前陶芸村」として整備されたエリアには、福井県陶芸館、越前古窯博物館、越前焼の館などがあり、観光や教育の拠点としても機能しています。訪れる人々が越前焼を購入できるほか、実際にろくろをまわしたり、絵付けを体験したりできる環境も整っており、伝統工芸を身近に感じることができます。


越前陶芸村のなかの直売所「越前焼の館」

越前焼の館の近くには、あな窯(越前窯)が展示されています

中学校を卒業後、焼きものの道へ

越前焼の窯元の一つに、「竜仙窯」があります。窯主の岩間竜仁さんは、まだ40代ながらおよそ35年のキャリアを誇ります。

「テレビでろくろ師の仕事を見て、子どもの頃から陶芸に興味がありました。中学のとき、陶芸が趣味の先生がいて、陶芸クラブをされていたので参加していました。卒業のときには、身内のイカ釣り漁船に乗る話もありましたが、父親が『好きなことをやればいい』と言ってくれたので、焼きものの道に進むことを決めました」

中学を卒業した1991年、岩間さんが門を叩いたのは宗倉陶業・宗山窯でした。宗山窯は生活のうつわをつくる窯元で、おもに型を使用していました。岩間さんは住み込みで働き始め、型による製作を手伝うかたわら、仕事が終わったあとに独学でろくろの練習に励んでいたそうです。

窯に入ってすぐの1991年から1994年までの3年間には、「福井県総合美術展」に入選を果たすなど、みるみるうちに頭角をあらわしていきました。

師匠の宗倉稔氏は型を用いた製作を行っていましたが、息子の克幸氏が修行先の京都から戻り、ろくろによる製作を始めると、次第に型ではなく、ろくろによる手仕事の注文が増えていきました。宗山窯は分業制ではなかったため、岩間さんも土づくりからろくろ成形、釉薬がけ、焼成にいたるまで一通りの技術を身につけていきました。

その後、徐々に景気が悪化し、組合から独立を促されたこともあり、2007年に独立して、竜仙窯を開窯しました。

竜仙窯の岩間竜仁さん

2007年、竜仙窯を開窯

独立した当初のことを、岩間さんに振り返っていただきました。

「30歳になったばかりの頃で、景気も悪くなっていて、当然、不安もありましたね。独立した当初はご祝儀的に注文も入りましたが、徐々に組合からの注文の数も掛け率も下がっていきました。そうなると、数をこなさないといけない。型で製作するにしても、型や機械を揃えるのには費用がかかります。それなら、自分でも足りないと思っていたろくろの技術を高めようと思いました」

窯詰めの作業の様子
「薄づくり」への挑戦

ろくろの技術が上達するにつれ、岩間さんが約10年前から取り組むようになったのが、「薄づくり」です。「越前焼は産地としての特徴がない」と語る岩間さんですが、それでも、土にはこだわりを持っています。

「100%、地元の土を使っています。特徴としては、鉄分が多く、強度が高い点が挙げられます。白土に比べると、焼き上がりに深みのある色が出ますね。薄く挽くには、普通の土の硬さでは無理なので、乾燥の時間を長くして、強度を高めることが重要です。準備がとても大切ですが、この調整がなかなか難しいです」


薄づくりの盃
青系の濃淡から、赤紫系の辰砂まで、釉薬の研究にも余念がありません

現在では、この薄づくりが、全体の注文の半分ほどを占めるまでになりました。その厚みはわずか1mm。酒を飲んだときの口当たりの良さを求めて、福井を代表する酒蔵「黒龍酒造」からオリジナルの盃の製作の依頼を受けました。

また、株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANYの代表で、元プロサッカー選手・中田英寿氏が、「NIHONMONO」のプロジェクトで来訪したこともありました。中田氏は、岩間さんのろくろの作業を見ながら、「薄いですね」と感心していたそうです。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、県内の越前漆器とのコラボレーションにより、薄づくりの盃の本体の製作を担当しました。竜仙窯の個性が、ますます注目を集めています。

「何度、薄づくりをやめようと思ったことか。まず、つくれない。つくれても、隙間ができる。薄くできたと思っても、実際に持つと重い。ある程度量もつくれて、納品できるようになるまで、5年はかかりましたね。この5年間は、儲けることは考えていませんでした。安くてもいいから注文を受けて、とにかく数を挽く機会をもらい、必死に感覚を身につけることを心がけました」


「越前焼薄づくり越前漆器コラボ盃」。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、来日した各国の大統領や首相など、VIPへの贈呈品として、日本各地の伝統工芸品が選ばれました。
福井では、岩間さんの薄づくりに、越前漆器の技術により、瑠璃と紅の2色のウレタンを施した盃が製作されました

Wired Beans
「生涯を添い遂げるマグ」との
取り組み

Wired Beansとの出会いは、仕事量が少し落ち着き、新しいことに挑戦したいと考えていたタイミングでした。

製作では、本体はろくろで、取っ手は型で製作することに。両方の技法に精通している岩間さんにとって、それほど難しい仕事ではありませんでした。

Wired Beansのマグは、薄づくりというほどではありませんが、他の産地のものに比べると、軽く仕上がったマグが完成しました。


自身のなかにある
究極の造形美を追求

中学を卒業して以来、焼きもの一筋の岩間さん。焼きものをやっていて良かった、と感じる瞬間についてうかがいました。

「焼きものをやっていて、辛いのが9割、楽しいのが1割。その繰り返しで続いている感じです。自分の思った通りのものがつくれたり、思うように焼けたりしたときは、やっぱり楽しいですね。でも、半年くらい経つと、なぜこんなもので喜んでいたんだろう、と思う。まだまだなんですよね。何かに影響されるというより、自分のなかの理想を突き詰めていくタイプかもしれません。これからは、薄づくりの技術をさらに高めて、より綺麗なかたちを追求していきたいです」

工房の前に広がる田園風景

朴訥とした印象の岩間さんですが、焼きものの話になると、言葉に熱がこもります。のどかな田園風景のなか、真摯に土と向き合う岩間さん。その手から生まれるうつわには、静かな情熱と確かな技が宿っています。

これからの竜仙窯の歩みにも、目が離せません。

越前焼・竜仙窯
Echizenyaki Ryusengama
住所

〒916-0255 福井県丹生郡越前町江波13字48-1

TEL

0778-34-1666

生涯を添い遂げるマグ 越前焼

日本六古窯の一つ、越前焼。竜仙窯・岩間竜仙氏が手がけるマグは、土の温もりを活かした「土灰釉(どばいゆう)」と、深みのある青系の濃淡が美しい「均窯釉(きんようゆう)」の2種で製作。伝統の技と現代のデザインが融合した、日々を彩る一生もののマグです。