CRAFTMAN:
Hironobu Morisato
CATEGORY:
Iga Yaki
POTTERY:
Kozangama
LOCATION:
Mie, Iga City


CRAFTMAN:
Hironobu Morisato
CATEGORY:
Iga Yaki
POTTERY:
Kozangama
LOCATION:
Mie, Iga City
お話をうかがったのは、香山窯の3代目で、伝統工芸士の森里博信さん。まずは、伊賀焼の現状について教えていただきました。
「現在、約60軒の窯元があります。伝統としては、薪窯で焼いた茶陶で知られますが、現代では、食器とか土鍋とか、いろんなものがつくられています。ただ、土鍋については、粘土の配合や焼成温度が違うので、専門にやられているところが多いですね。うちは食器がメインで、急須も少しつくっています」
香山窯は戦後、博信さんの祖父によって開かれました。ちょうど土鍋の大量生産が始まった頃でした。
「祖父としては、そのブームに乗っかりたかったんですけど、出遅れてしまい、登り窯を使って作品をつくり始めました。父も祖父と同じように作品をつくりながら、ちょうど食器や記念品などの需要が多かった時期でもあったので、大量注文に対応できるように、型ものの仕事も受けていました」
博信さんが生まれ育った丸柱地区では、農業従事者がもっとも多く、小中学生のとき、窯業が家業の子どもは同じ学年に博信さんも含めて3人だったとのこと。現在、その3人は陶芸に携わる仕事をしているそうです。
博信さんは、高校は工業高校の電気科へ進みました。アルバイトといえば焼きものに関することで、何よりも長男。当然ながら、家業を継ぐことを意識していましたが、同級生にはサラリーマン家庭が多かったそう。しかし結果的に、卒業後は実家を出て、京都府立陶工高等技術専門校への進学を選び、1年間、陶芸の基礎を学びました。
「就職というルートもあることを実感するわけですけど、やっぱり、自分でつくったものを商売できるのってええなあ、と思って。会社員は安定していていいなあ、とちょっとは思いましたけど、小さいときから地元で陶芸されているおじいさんとか見ていまして、収入面は大変そうやけど、楽しそうやなって。そこで、京都の専門校に行こうと決めました」
専門校では、ろくろを中心に学び、卒業してからは実家に戻らず、印花(うつわの表面に型押しで文様をつける技法)などを行っている京焼の窯元、森里陶楽に就職しました。
偶然にも名字も出身地も同じで、急に欠員が出たというのも、きっと縁だったのでしょう。そちらでは6年半、皿から始まり、京焼らしい雅な食器を焼き続けました。
「専門校を卒業すると、ほとんどが京都で就職して、2、3年で辞めていってしまうんですよ。僕にも、もっと給料を出すよ、みたいな独立の誘いもあったんですけど、その頃には、お客さんとも親しくなり、細かな指摘を受けるようになり、『もっと修業せなあかんな』と思うようになりまして。結果的に、父親が病気になったのをきっかけに戻ることにしました」
京都では、京焼ならではの薄づくりや、印花などの装飾の技術を身につけることができました。伊賀焼は分厚いうつわが多く、また印花をする人が少ないということもあり、これらは博信さんの個性となっていったのです。
実家に戻った当初は、戸惑うことも少なくなかったと言います。
「粘土から釉薬から全部違うので。京焼で学んだように薄くつくると曲がってしまい、釉薬をかけたら流れたり、棚板にひっついてしまったり。最初はずいぶん苦労しました」
ときには父親からアドバイスを受けながら、伊賀焼の技術を習得していきました。そして今では2人の作風は異なり、博信さんは伊賀焼の荒々しさと京焼の繊細さを併せ持つ独自の作品を追求し続けています。
伊賀焼は産地問屋がないので、他の産地のように、問屋が注文を取ってきて、それを各窯元でつくって、問屋に納品するというシステムではありません。
そのぶん、窯元は自分たちで取引先を開拓し、注文を取り、納品まで行わなければなりません。当然、大変ではありますが、だからこそ、好きなものをつくることができるのです。その好きなものを認めてもらい、注文をいただく、それはとても幸せな仕事なのです。
香山窯のうつわは、小売店や料理屋に販売しているそうです。そして、Wired Beans「生涯を添い遂げるマグ」の依頼にも、快く応じてくれました。これも、伊賀焼および香山窯の気風によるところが大きいのでしょう。
「土の収縮率を計算したり、ハンドルの取りつけの際の本体の厚みを調整したり、苦労した部分もありましたが、自分らはこういう仕事を受けてきましたから」と朗らかに笑う博信さん。
お願いしたのは、伊賀焼の伝統である「ビードロ釉」と、博信さんが京都で学んだ「印花」を組み合わせたマグでした。GKデザインがデザインした端正なフォルムに、ビードロ釉の艶やかさと、印花の可憐さがよく映えます。製作の場面を見せていただきました。
こちらのビードロ釉のマグの販売後は、第2弾として、磁器の土を混ぜ込んだ真っ白のバージョンが予定されています。
〒518-1325 三重県伊賀市丸柱1675
0595-44-1535
伊賀焼の窯元・香山窯の森重博信さんが作るマグは、伊賀の伝統であるビードロ釉や波状・格子状の文様に、京焼の繊細な印花を組み合わせた、わびさびを感じる独自の趣を持つマグです。端正なフォルムに映える艶やかな釉と可憐な文様が、唯一無二の表情を生み出します。
伊賀焼は、他の産地のように問屋の経営状態に左右されず、有志で「伊賀焼陶器まつり」を開催するなど、自由闊達な雰囲気を醸成してきました。大阪や東京など、県外からの移住者も多く、作家が窯を開いたり、カフェやギャラリーを始めたりする方も多いのだとか。
また、近年は海外からの観光客も増えているそうです。
博信さんが今後、個人的につくってみたいものについてお聞きしました。
「京都で学んだ技術を活かしながら、初代がつくっていたような伝統的な伊賀焼を追求していきたいと思っています」