CRAFTSMAN:
Yoko Kita
Shingo Kita
CATEGORY:
Rihei Yaki
POTTERY:
Riheiyakikamamoto
LOCATION:
Kagawa, Takamatsu City
CRAFTSMAN:
Yoko Kita
Shingo Kita
CATEGORY:
Rihei Yaki
POTTERY:
Riheiyakikamamoto
LOCATION:
Kagawa, Takamatsu City
明治維新による廃藩置県を経て、理平焼は藩の御用窯という立場を離れ、民窯として再出発しました。栗林公園の外へと移りながらも、茶の湯の道具を中心とする製作の姿勢は変わることなく、14代へと受け継がれています。
現在の理平焼について、14代・理平を継承した紀太洋子さんと、長男で15代の候補の信吾さんにお話をうかがいました。
14代は、こう語ります。
「もともとは御庭焼ですから、茶道具が中心なんです。そこは今も変わっていません。ただ、時代に合わせて少しずつかたちは変わってきています」
理平焼の作風は、京焼の系譜を色濃く引いています。とりわけ、色絵陶器の名手で、京焼の大成者として知られる江戸初期の陶工、野々村仁清の影響は大きく、端正な造形と気品ある絵付けにその精神が息づいています。
しかし、14代は単なる模倣ではないと強調します。
「京都の華やかさをそのまま持ってくるのではなくて、讃岐の空気に合うように、少し抑えるんです。派手にしようと思えばできますけれど、あえて引き算をする。それが理平焼らしさだと思っています」
その抑制の美は、春夏秋冬を主題とする色調にも表れています。紺、緑、金を基調とし、必要に応じて赤を差し、全体としてはどこか藤色を帯びた、やわらかく静かな色調が特徴です。
「華やかすぎると、茶席で浮いてしまいます。主役はあくまでお茶です。うつわはそれを支える存在ですから」
理平焼は、茶碗、水指、花入、香合などの茶道具を中心に手がけています。武者小路千家が、高松藩の茶道の指南をつとめていたこともあり、同家との縁も続いてきました。武者小路千家は、表千家、裏千家と並ぶ三千家の一つです。
「専属というわけではありませんが、その都度ご相談をいただいて製作することが多いです。図案をいただくこともありますし、『こういう趣向で』と大枠だけ示されることもあります」
その際には試作を重ね、図面を引き、やりとりをしながら、細部をつめていきます。緊張感も伴いますが、同時にやりがいも大きいといいます。
また、近年は個人からの注文も多く、自宅用の茶碗や、還暦などの節目を祝う記念品としての依頼も増えています。
「量産はしていません。一つ一つ、その方のためにつくるという意識です」
夫である13代が48歳で急逝したとき、洋子さんは40歳でした。それまで本格的に製作に携わっていたわけではありません。
「子どもが3人いるんですけど、この人(信吾さん)なんかはまだ小さかったから。正直に言えば、不安でした。でも、やめるという選択肢はありませんでした」
そこで、出身地の京都へ戻り、専門学校で1年間、絵付けを学びました。ゼロからの出発でしたが、「習えばできる」と自分に言い聞かせていました。それでも、家元に作品を見せるときは、今も緊張するそうです。
「これでいいのか、と毎回思います。でも、技術は努力すれば身につく。あとは、自分がどういうものをつくりたいのか、それを問い続けることだと思っています」
伝統を守り続けることと、時代とともに変わっていくこと。そのあたりのバランスについて尋ねてみました。
「時代が変われば、人も変わる。描く人が違えば、少しずつ表現も変わる。それは自然なことだと思っています」
信吾さんは子どもの頃から父(13代)のかたわらで土と戯れていました。そうした環境も大きかったのでしょう。自身が窯を継ぐことは、自然な流れだったといいます。そして高校を卒業後、京都で成形と釉薬を学び、さらに窯元で修業を重ねました。
「まずは土に触れるところから覚えました。ろくろを挽くのも、最初は思うようにいきませんでした」と信吾さんは当時を振り返ります。
現在は、信吾さんが成形と釉薬の調合、焼成を担当し、14代が絵付けを担う分業制です。釉薬は既製品をそのまま使うのではなく、原料を買って自分で調合しています。焼成も、温度や時間を細かく調整しながら、安定した状態を探っています。
さらに、信吾さんは実際に茶道を学んでいます。
「実際に点ててみると、うつわの良し悪しがよくわかります。焼きが甘いと水が染み込みやすいですし、重さや口縁の厚みも気になります。使ってはじめて見えることが多いですね」
信吾さんの隣で、14代もうなずいています。
「つくる側だけの視点ではなく、使う側の目を持っているのは心強いです」
茶道具が専門の理平焼にとって、マグの依頼ははじめてのことでした。
「普段は取っ手のあるものはつくりませんから、最初はどうなることかと思いました。でも、挑戦してみようと思いました」と14代は笑います。
信吾さんもこう続けます。
「型を使いながら、取っ手の強度や接合の部分をどうするか工夫しました。伝統の技法だけでは対応できない部分もありますが、そこをどう折り合いをつけるかがおもしろいところです」
〒760-0008
香川県高松市中野町34-17 栗林公園北門前
087-831-8230

香川県高松市で14代続く茶陶、理平焼。高松藩の御庭焼にルーツを持ち、京焼の華やかさに讃岐の「抑制の美」を融合させた逸品です。14代が手描きした瑞々しい波の絵柄と、独自調合の釉薬が織りなす端正なマグが、日々の時間を優雅に彩ります。
国内において、茶道の人口は減少し、高齢化が進んでいます。そうした状況下、理平焼は今後、どのような道を進んでいくのでしょうか。
「大きく広げるというより、まずは続けること。現状をきちんと維持することが大切だと思っています」と14代。
その一方で、信吾さんは未来を見据えます。
「伝統を守ることは前提ですが、それだけでは続きません。新しい提案をしながら、理平焼らしさをどう残すか。それをこれから考えていきたいです」
御庭焼に始まる格式、京焼の品格、讃岐の風土に根ざした抑制の美。そして、14代と15代の候補である息子との対話。
「無理はしません。でも、止まりもしません」
その言葉の通り、理平焼は静かに、しかし確実に、次の時代へと歩みを進めています。